国策紙芝居「空の軍神加藤少将」を読む

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 菜の花や 帰らぬ僚機 待ちし丘    加藤 竹紫
 
 今から75年以上前の太平洋戦争末期を読んだ句があります。出撃した部下同僚でしょうか、あるいは上官でしょうかその帰らぬ機影を待つ絶望感、寂寥感が菜の花の黄色に染まる丘に鮮やかに対比されます。2013年の秋、国策紙芝居「空の軍神加藤少将」を神奈川大学の第1回公開講座で上演させていただく機会を得た私は緊張の中で準備を進めました。神大が数百巻の貴重な国策紙芝居を購入しそのお披露目の機会でもあり、この他に「チョコレートと兵隊」「神兵と母」という名作も同時に上演を担当しました。しかし特に「空の軍神・・」は取材を重ねました。といっても街頭紙芝居のように裏書を勝手に変えることは許されません。資料としての裏書は一言一句大切になぞります。しかし、フㇳ気が付いたのは、この紙芝居には一式戦闘機「隼」の戦闘場面が出てきますが機銃音や爆音、エンジン音、急降下の空気を切り裂く音や海中に激突する擬音であれば裏書に追加して臨場感を出すことは許されるのではないかと思い、主催者の許可をいただきました。
 こだわるのは訳がありました。国策紙芝居は”教育”だけでなく当時の銃後の国民にもささやかな”娯楽”の要素があったはずです。燈火管制のうす暗い部屋で、また空襲警報におびえながらつたない紙芝居でも、なによりその一瞬の時間は観客にとって不安と恐怖を忘れる時であったに違いありません。
 擬音の挿入を相談したのは故・梅田佳声先生でした。上野の下町風俗資料館にお訪ねしてお聞きしました。(1)「隼戦闘機は7.7ミリ機銃の2連装で機銃音としては迫力がない」「海軍の零式戦闘機の20ミリ機関砲まではいかなくとも擬音の最大効果を考えたいのですが」(2)「”加藤の隼”に反撃した英空軍のブレンハイム軽爆撃機の旋回機銃も7.7ミリです。異なる擬音で構成しないと交錯した時に彼我の被弾が不明になります」(3)「被弾して発火した加藤機がベンガル湾に自爆する際、当時は確実に自爆するため自機を急旋回して失速状態で突っ込む。パイロットはそのように教育されていると聞いていますがそれでよいでしょうか?」と。
 加藤隊長と各地を転戦した安田義人兵曹長の手記”ビルマ空戦記”や”坂井三郎空戦記録(全)(出版協同社・昭和31年刊)”から学んだ私の質問を戦中派の梅田先生は静かに聴いて下さって「そのように上演して違和感はないと思います」「国策紙芝居はさまざまな人が演じていたようです」「演じるたびに演じ手は上達し、学びました」「観客は演じ手に魅力を感じて見てくれたのでしょう」と助言してくださいました。ありがたかったです。今では二度と演じる機会のない紙芝居の一つですが、感謝を深くしています。
 そしてその加藤建夫陸軍大佐の亡くなった日は、昭和17年5月22日。内地の航空基地では遅い春です。菜の花が咲いていたかもしれません。

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