平成30年5月31日

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世の中は 三日見ぬ間に桜かな   蓼太


日本列島をたちまち桜が駆け抜け始めました。嬉しさと、待ちに待っていたプレゼントをいただいてしまった後の、少しの寂しさが残ります。桜と言えば、今から6年前の春に自宅療養していた家族のことを思い出します。その子は前年夏から体調を崩して半年でした。巡りくる喜びの桜の季節が私には辛かった。毎朝、JR鶴見駅の近傍「潮見橋」を車で通るたびに「この子が元気で生きていてくれたら、それだけでよい」と思いました。桜の花のように一年に一度出会える、それでもよいと。そして昨日も「潮見橋」を通りました。今ではその子は回復し、よき伴侶と出会い母となり時が移りますが、私の思いは当時のままです。鶴見川の春の陽光に輝く水面をみると涙が溢れます。感謝の涙・・・。

 


   朝ざくら 白々水にうつりけり     北村 軒市


   一瞬の生命いとほし 桜咲く      碓氷 すすみ


     
   夫ありてこそ 朝桜夕ざくら       大原 良江


   子は母に 今日を語りぬ夕ざくら    岩松 草泊
  

 

以前、退職辞令交付の会場で市長代理のオオバ助役の挨拶がありました。松尾芭蕉の句”さまざまなこと思い出す桜かな”を引いて、第二の人生のはなむけの言葉としたのです。かたわらの同期のツクダ君が言いました。「あの句は芭蕉が亡き恩人を偲んで詠んだ句」「はなむけの句ではないのだよ」。彼は、茶道の家元であり大学の講師も務める本当の文化人。でも私はこの句を喜びにつけ、悲しいにつけ愛吟しています。悲しみも、苦しみもその薄紙を透かして喜びが見える時があります。歳を重ねたせいではないと思うのですが、冬の風にも夏の炎暑にも、”まあいいか”という心のゆとり。それが、喜びの芽、よろこびの種のように思えるのです。


   少しづつ少しづつ花 老桜       吉岡 恵信


   黒髪のころ懐かしや 桜咲く      近藤 松子


   職退けば 故郷のやま芽吹きをり    斉藤 升八


  

友人のツクダ君。彼が今から20年以上前に苦心惨憺して入手した街頭紙芝居が中央図書館地下書庫に眠っていました。そして、その2千余巻は2016年に正式に横浜歴史博物館に移管されて活用されています。豪放で磊落、大胆で緻密、日本の伝統文化の継承者であり伝道者。そんな彼のおかげで故・鷲塚コレクションに続いて横浜市民へ時代を越えた”街頭紙芝居”の伝承がスタートしています。日本を上空1万メートルから俯瞰しているような彼の眼には、爛漫の桜はどのように映るのでしょうか。


   山又山 山桜又山桜           阿波野 青畝


   山桜雪嶺天に 声もなし         水原 秋櫻子


   海の中に桜さいたる 日本かな      松根 東洋城



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