令和4年6月19日
昭和史を 引きずっている 桜かな 五十嵐 迪子
忘れられない記憶がある。40年以上前、大学の恩師と学友の結婚式出席の帰路、新潟県柏崎駅から「越後線」の車内に席を取った。晩秋の越後平野は、稲刈り後の荒涼とした田面(たづら)が車窓を流れていく。列車は波乱の生涯を生きた、”越後の宰相”田中角栄氏の故郷を進む。当時、私の畏敬する伯父が反田中の国会の論客でもあったことから恩師に政治への思いを語った。しばらく瞑目して先生は、口を開いた。
胸さわぐ 夢を見た日の 桜かな 谷川 八穂子
ひと休み ひと休みの杖 さくら咲く 近藤 三知子
黒髪のころ 懐かしや 桜咲く 近藤 松子
さくら咲き 旧師に友に 逢いたしや 斉藤 ヨシ子
奈良七重 七堂伽藍 八重桜 芭蕉''
「政治は、”百年河清を待つ!”という信念を持ち続けなさい!」「私もそうだった!」と。その時、停車駅の反対ホームに寒風の中笑いさざめく少女たちの一団が視界に入った。屈託ない笑顔と躍動。私たちは黙ってその姿を見つめていた。後に、新潟出身の女性と縁があり今日まで苦楽を分け合ってきたが、妻はあの中の少女の一人ではなかったか?と、たくましい想像をめぐらす。結局、私はこころざしとは別な道を進んだ。
八百万(やおよろず)の 一つのさくら 咲きにけり 幡宮 姫佐子
満開の 花の咲く息 もらいけり 田村 ミユキ
この春も 一期一会の 山桜 小林 孝子
カタカナで 何と言うたか 花が咲き 横村 華乱
合掌の 指が脈打つ 花の寺 小原 きよ
今、理不尽でおぞましい国際政治の狂気がはびこる。しかし時が流れ、いつか人々の勇気、清澄な祈り、力強い祈りが流れを変え、歴史を変えて時代は移る。そう思うと心の中は桜が舞う、優しい春の風が吹き始めるのだ。
復員に 踏みし焦土や 桜咲く 水川 博
山桜 生きとし生ける ものすべて 伊藤 哲子
一山を おほひたりけり 花の雲 落合 蘇人
花街道 昨日一輪 今日三分 大木 秋子