なつかし亭を見る

博物館お客様感謝デー、元紙芝居師の鷲塚師匠の前でなつかし亭も紙芝居。生涯忘れぬ“感謝の日”です。

1月28日、復活!街頭紙芝居はこの日3回口演。13時からの師匠の街頭紙芝居は、声から画面から師匠の歩んできた人生が客席にあふれてきました。

「前座」のなつかし亭 鷲塚師匠の紙芝居


 この日、師匠は街頭紙芝居の「幸福の少女」「まぼろし探偵長(暗黒街25巻)」とクイズを熱演。マクラでは青年時代、船乗りから転職して23歳で街頭紙芝居になった時代を語りました。東京江戸川区から墨田区等をエリアとしながら現在の横浜に移り、現在の家業を初めるまでの半生の語りです。

 「仕事が無かったから紙芝居を始めたよ」「最初は恥ずかしくてね」。でも自身で工夫して当時の無声映画の活動弁士にヒントを得て紙芝居は順調に軌道に乗った。「子ども達がたくさん来てくれた」「先々の街のガキ大将が拍子木を手伝ってくれた」。営業が安定し始めた頃気がつくと、かつてのやさしい声は今の太くてよく通る声に変わっていた、と。

「幸福の少女」上演 右:鷲塚師匠


混乱と激動の昭和を生きた師匠の紙芝居はやさしさにあふれている

 鷲塚師匠の街頭紙芝居を見ていると、紙芝居は“昭和の思い出”“記憶の宝物”という思いを実感します。なつかし亭も師匠と出会えた喜びをエネルギーにまた、紙芝居を楽しく頑張ります。本当にありがとうございます。

 いつもながら歴史博物館の皆様、刈田さん、羽毛田さん。そして時代衣装で、胸いっぱいの感謝を表してお客さまをお迎えしているスタッフの皆様、本当にありがとうございます。「博物館感謝デー」、本当はなつかし亭の“感謝デー”です。


会場のエントランスのお客様 なつかし亭


1月28日(土)は、千代田区「婦人会館」で昨年11月17日ご逝去された右手和子先生の「お別れの会」の日です。私は、紙芝居のために参加できませんでしたが、本当に右手先生への感謝の思いを込めて紙芝居をさせていただきました。その意味でも、忘れられない“感謝の日”でした。

 お忙しい中、おいでいただいたKECA木村理事長、栄図書館指田館長、坪内課長本当にありがとうございました。

 「感謝デー」紙芝居実演は、タウンニュース〈港北版〉平成24年2月9日号に掲載していただきました。以下に記事を掲載させていただきます''。