令和8年3月25日
憂(う)きことを 海月(くらげ)に語る 海鼠(なまこ)かな 召波
松尾芭蕉と並ぶ俳諧の巨匠、与謝蕪村にも海鼠(なまこ)の句がある。師匠に倣って意表をつき周囲をうならせた召波だが今、身の回りだけでなく国内そして海外にも横車を押す理不尽なやからが思うままにのさばり、目に余るほどだ。しかし、そんな不条理な”べらぼう”は、きっと暗い海の底にも存在するに違いない。海底の砂地で悩み、苦しみ、時にうらやましげに水面を見上げる海鼠(なまこ)は楽しそうに水中浮遊する海月(くらげ)に愚痴を聞いてもらったかもしれない。そしてその後、きっと気付いたに違いない。”骨なし、根なしの海月(くらげ)さん!貴方も本当に大変ですね。本当に、本当にお疲れ様!”と・・・。この秋、初めて40日間ほど米国サンディエゴ市の家族の出産に食事担当として滞在した。中学生程度の貧しい語学力で毎日食材を買い、メニューを作り肉や野菜を調理した。物価高、特に円安のダブルパンチは言葉の障害、人種・文化の見えない壁とともに、それを受け止める現地の日本人の苦労が骨身に沁みてわかった。
ほこほこと 落葉が土に なりしかな 高浜 虚子
また逢えた 山茶花も 咲いてゐる 種田 山頭火
ひとり降る 落葉時雨の 無人駅 蒔田 よし子
ねんごろに ひと日ひと日を 十二月 中村 静乃
笑い泣き いたわり合ひて 年忘れ 江川 よしみ
乾杯の グラスこつんと 寒椿 那須野 明子
この間、市内の名所2か所を訪問した。一つは横浜市の姉妹都市サンディエゴ市役所前の女神像。横浜の山下公園の噴水の像と同一で、なつかしく眺めた。もう1カ所は近所のサンディエゴ州立大学で卒業生が案内して下さった。キャンパスの大学関係戦没者のモニュメントに参拝した。うれしく楽しい息抜きとなった。でも文字通り痩せるような”修行(?)”の中にも紙芝居は頭から離れなかった。どこかで機会があればと考えていたが、読み聞かせをしている米国女性が自宅を訪問して下さった。またその場に、同席していた青年が通訳をして下さる偶然に恵まれた。女性は神経歯科の元専門医だったことから、鍼(はり)の名人が虎の治療をする紙芝居、「トラのおんがえし」(童心社、脚本・画:渡辺享子)を上演した。突然の展開でどうなる事か、と思案したがその青年がテンポとリズム、そして絶妙の”間”で通訳してくれた。感謝の他はなかったが、この青年アメリカ国籍を持つ通訳で、プロ中のプロだった。そして日本人・・。
大根で 団十郎する 子供かな 一 茶
訪ね来し 娘と語り合い 冬ぬくし 富田 弥生
暖冬異変 人棲む星の 老いにけり 澤野 純子
大根煮る 母に及ばぬままに老い 西原 ミツ子
落葉踏む 別れし道の また会えり 高野 素十
彼は日本でも知られた大リーグの広報と主力選手の通訳をしている。試合中は選手と以心伝心で目配り・気配りを忘れず、試合直後のインタビューでは選手の背中に隠れて試合の感動と興奮を英語や日本語で伝えてくれる。大リーグは1軍登録選手26人、それ以外に5軍までの膨大な予備軍に支えられる円錐型の構造だという。ともすると、すぐ隣の同僚がライバル視されるが選手もスタッフも自分自身に厳しい成長を課しているように見える。競う相手は、まさに自分!なのだ。だからこそ彼も周囲のすべてに感謝を惜しまない謙虚な求道者の姿に見える。以前所属していたNY州の有名球団では1年に1個新しいサイズに合わせた自分の名前入りグローブが支給されるという。極上のチームワーク、献身と団結。厳しい競争の中で育まれるチーム愛。7年在籍した彼の元には7個のグローブが残された。忘れていた何かを思い出す。私も短い旅の中からあらたな出発の一歩が始まる。
冬の梅 あたり払って 咲きにけり 一 茶
ひた生きる 日の一ト節(ひとふし)の 冬至かな 田中 菊女
きびきびと 万物寒に 入りにけり 富安 風生
日本海 もんどり打って 寒に入る 金 三 路

写真上: 青年が、かつて在籍したN・ヤンキースから毎年支給されたグローブ。
写真下:最初の宿舎から望むサンディエゴ市最高地点のカウルズ山(右側)。やさしく穏やかな街並みに青空が広がる。