令和7年12月25日


寅さんの 暑中見舞いは カネオクレ 紺野 シズエ
酷暑が継続し春・秋が消え果て夏・冬の二季化が進んでいる。「残暑見舞い」も死語になるかもしれない。以前保育園、幼稚園の夏の紙芝居の定番は「世界中で一番寒いところはど~こだ?」と始まった。南極!北極!氷の島~!児童の答えが飛び交う中で「おばあちゃんちの、冷蔵庫の中~!」という答えが返って来て会場は笑顔にあふれた。そして、「ペンギンのタウタウ」(絵:鈴木幸枝、童心社)が始まった。その南極で57年前、昭和41年第八次南極越冬隊の一員として初めて極地の冬を体験した報道関係者がいた。当時NHK職員のキシモトマサルさんだ。翌年昭和42年2月、迎えの砕氷船「ふじ」を遠望してシャッターをきる伯父の自撮り写真が残っている。
秋限定 麦酒と聞けば 買はまほし 森 六尺
くろがねの 秋の風鈴 鳴りにけり 飯田 蛇笏
きしきしと きしきしと 秋の玻璃(はり)を拭く 三橋 鷹女
てのひらに 山ありて 川ありて秋 北岡 ゆみ
ボール蹴る 少年一人 秋の暮 越智 貴美子
秋の夜となりぬ ワインの栓を抜く 前田 正治
極地の冬がどれほどの過酷で恐怖と緊張を伴うものか、そのような苦労話を聞いたことはなかった。しかし交代の越冬隊員を乗せた「ふじ」が昭和基地に接岸した瞬間がどのようなものであったか、の話題は記憶に残っている。搬入物資はいかにも質素で乏しく、キャメラを構える本人の着衣も粗末に見える。しかしあふれるほどの感動があったに違いない。その時、偶然上空に艦載機のヘリコプターが戻って来た、と。轟音を上げて空気を切り裂くローター。静と動、躍動と祈り。レンズが見据える方向は、昭和基地であろう。成長し、豊かになり幸せをつかむ。キャメラは、あたかも希望の白い雲に向かって上り詰める日本中の人々の願いの結集をとらえていたに違いない。
リフォームの ミシン忙しき 夜長かな 横畠 幸子
吾子泣けば 隣のも泣く 夜半の秋 明野 ム弓
酒一本 下げて白シャツ 爽やかに 伊能 薹太
嫁ぐ子の 黒髪匂ふ 夜長かな 芳井 ひろみ
きりきりしゃんとして 咲く桔梗哉(かな) やしま 季晴
伯父はNHKにカメラマンとして入社し、放送開始からハイビジョンまでの一時代を歩んだ。まさに「報道カメラマンの50年」だった。時代は変わった、が今改めて「一億スマホカメラマン時代」の中で、1枚の写真が自分の家族や縁ある人々の大切な思い出の自画像となることに想いを拡げて欲しい。理不尽で絶望感に満ちる時代であればこそ、その扉の先の一歩に踏み出したい。一人の笑顔のために、ひるまず、たじろがず、悲嘆にくれることなく希望の扉を開いていきたい。きっと、秋の風も背中を押してくれる!
この道や 行く人なしに 秋の暮 芭 蕉
「北越雪譜」峠紅葉の 空張って 紺野 佐智子
ひと夜ひと夜 紙の音する 紅葉かな 川崎 千鶴子
行くほどに 行くほどに濃し 夕紅葉 齋藤 節子

