令和6年6月24日
春来たる 翅(はね)あるものに 無きものに 山崎 ひさお
すべての命に春がめぐる。大地をはうもの、天空を飛翔するもの、私達老若男女にも‥春は訪れる。桜の花びらが水面を流れる鶴見川の上流。新横浜駅の新幹線、高層のタワーホテルを遠望する水辺。昔ながらの土の川端に棲む「ヨコハマナガゴミムシ」にも春がやってきた。彼らは、地球上でこの場所にしか生息しない超弩級の絶滅危惧種である。今から45年前、1979年(昭和54年)に世界で鶴見川にしか生息しない固有種として発表された。周辺の防災対策として護岸工事が着手寸前の時であった。
白き皿に 絵具を溶けば 春浅し 夏目 漱石
早春の 海へ手を振る 駆けてふる 猪又 秀子
立ち上がる ティラノサウルス 春の山 山中 正己
いきなりや 顔いっぱいに 春の富士 松村 幸一
人の世に 転(まろ)びころべり 山笑う 石松 佳恵
現在、地球上には約180万種の生物種が確認されている。その多様化の推進力はDNAの遺伝情報塩基配列が変化する「変異」による進化だ。異る環境下で「自然選択」を経て、環境に適応したそれぞれの集団の間ではやがて交配が行われなくなり、別の種が誕生する。このような複雑な進化の仕組みが時間の恵み、時の恩寵により地球に多種多様な生命をもたらした。こうしたプロセスを経て体調約2~3センチの「ヨコハマナガゴミムシ」は人類とともに今という時間を共有している。
さくらさくら 彼の世の夫を連れ出さむ 菅原 けい
お遍路が 一列に行く 虹の中 渥美 清
ゆさゆさと 大枝ゆるる 桜かな 村上 鬼城
夫ありてこそ 朝桜 夕桜 大原 良江
胸さわぐ 夢を見た日の 桜かな 谷川 八穂子
ひとひらが 彗星となる さくらかな 高岡 慧
限りなき時の流れの中で、絶滅を免れた横浜の固有種「ヨコハマナガゴミムシ」は鶴見川の川辺で生命をつないでいる。当時の建設省河川局の護岸工事の着工を押し返したのは、他ならぬ神奈川県立博物館や全国の研究者の奮闘だった。当時、活動に感動した私は環境活動団体の研修会でパネル展示したことを思い出す。借用した写真コピーが今も手元に残る(文末掲載)。それから30数年、いま無抵抗の小さな人間の生命さえ奪われる光景を眼前にして息をのむ。しかし絶滅種をすくう人間の勇気、英知。そしてくじけず、ひるまぬ強靭な祈りがある限り状況は変わる!と信じる。そのための出発の四月。自分も歳を重ねても、息が切れても人生の一年生に挑戦し続けたい。ため息ではなく深呼吸!そんな時、深呼吸!と自身に声をかけ叱咤して春風の中、歩を進める。
一瞬の生命いとほし 桜咲く 碓氷 すすみ
戦友征く日の 桜の花の うすにごり 北川 吉夫
子の逝きて 桜に色の なかりけり 國保 八江
遠き日や 父の背にいて 花に寝し 佐藤 つゆ