令和7年9月3日

この母が 恐くありしは 遠い夏 加藤 奎子
桜の季節が過ぎ、梅雨空が広がり、たちまち夏の到来を告げている。めまぐるしく四季が移ろう。その中で、母が5月に逝去した。96歳だった。個性豊かな兄弟に愛情を注ぎ、父を愛して自宅で看取った。その父とは35年以上にわたり地域町内会に夫唱婦随で献身し、民生・児童委員、国勢調査員等不人気な役回りにも努力を傾注した。後年、その功績で陛下から瑞寶単光章の叙勲を授与され夫婦で生涯の誇りとしていた。もう一つ、80年前の横浜大空襲にも勤労動員中に遭遇し紅蓮の業火の下を必死で帰路を急いだ少女時代の記憶もある。昭和、平成、令和と三つの時代を生きた。
海老蔵の にらむ方より 夏立ちぬ 内野 悦子
胃カメラに 立夏の息を 飲み込みぬ 野本 ちよ
胸元を きっちりと着て 母の夏 大井戸 竹子
六十年目の夏来る 君は少女のまま 中村 重義
夏立てる 蛇口の水に 力あり 高橋 美代子
平凡に ときに非凡に 生きて夏 坂本 あきえ
人生の苦労は、強さとやさしさを育てる。周囲によく気が回る母だった。私が定年後に再任用を中途退職して街頭紙芝居に舵を切った時、心配していたかもしれない。紙芝居舞台の携帯・収納バックを型紙も使わずキルテイングの布で手作りしてくれた。観葉植物モンステラの葉がデザインされているユニークなバックだ。母なりの応援だった。亡くなる10日前に短期入所した母の施設へ紙芝居巡業に出向いた。いつもは遠くから様子を確認していたが、思い切って、おやつの時間を狙って”ぶっつけ本番”、体当たりで交渉する。以外に許可が出て30人のご老人を相手に拍子木を鳴らした。「トラのおんがえし」と「謎々クイズ」だ。よくぞ初見の私に上演許可をしてくれた、と自分でも驚いた。入所者もスタッフも喜んでくれた。そして母も・・・。
早朝より 茶畑手入 梅雨晴間 近藤 芳正
傘一本 重荷の余生 梅雨に入る 守田 椰子夫
雨降って 紫陽花の青 さらに濃く 松野 康夫
短夜や 八十余年 夢の間に 神田 夢城
めし食うて 涙とまらぬ 夏ありし やしま 季晴
5月中旬に1週間の短期入所から帰宅、微熱が続き体調を崩していた母は近医のレントゲン検査で注意していた肺炎と診断されて、かかりつけの大学病院の新館11階に入院した。入院した翌日は12年前逝去した父の祥月命日だった。そしてその翌日、母も逝去。父の13回忌を終えて、旅立ったことは深い夫婦の”きづな”を感じないわけにはいかない。窓からは遠く横浜の街の夜景が広がっている。母と父が人生の日々を重ねた丘が連なる。いつの間にか母と同じ景色を見つめている私である。
暑き日を 海に入れたり 最上川 芭蕉
たましひに 突つかひ棒する 暑さかな 小塚 木兆
だんまりを 決めて大暑の 総選挙 中世古 道子
枕頭に 本尊おはす 夜の秋 三宮 たか志

